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 栃木県益子町。田畑や林が広がるのどかな農村風景の中、陶芸家の工房が点在する関東を代表するやきものの町です。濱田庄司が昭和5年に登り窯を築いて以来、民藝運動の拠点としても知られるようになり、現在も作家の感性を生かした温かなやきものが生まれています。東日本大震災では多くの窯元が被害を受けたましたが、復活へ官民共同で取り組んでおり、伝統の陶器市に加えて、斬新なイベントも企画されています。自然と共存し、新しいモノを作る益子のホットな情報を、いけだえみさんがレポートします。

益子だより03
「祭りの夏 益子の夏」

2017-12-27

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 日本各地、夏といえばお祭りですが、益子でも毎年6月から7月の間、町の人々はお祭りのあれやこれやで何かと忙しくなってきます。そしてちょうど今頃は、毎晩蛙の鳴き声とともに、お囃子を練習する音が静かな夜の町に心地よく響き渡ります。あじさい祭りと祇園祭。このふたつのお祭りは益子にとって大事なお祭りであり、昔から町の人たちが受け継いできた歴史と伝統があります。毎年6月下旬に「あじさい祭り」がはじまり、あじさいの咲く太平神社にて、さまざまな儀式が執り行われ、7月25日までそのお祭りの期間となります。
 そしてあじさい祭りも終盤を迎える最後の3日間に、益子の祇園祭が開催されるのです。それは毎年決まって7月の23、24、25日。週末、休日関係なく、この日付とされているので、町の人たちもそれぞれの仕事の傍ら、この祇園祭の準備やら、当日の儀式に奔走します。
 益子の祇園祭は1705(宝永2)年頃疫病が流行した際に、天王信仰により祭りを行ない、怨霊や疫病を鎮めたことに始まったそうですが、鹿島神社境内末社の八坂神社の祭礼で、天王祭がやがて祇園祭の名称になり、氏子地区5町会(新町・田町・内町・城内・道祖土)が毎年当番制で行います。初日には「下野手筒会」による手筒花火の打ち上げ披露も行われ、中日には関東三大奇祭ともいわれる「御神酒頂戴式」※があります。そして最終日、フィナーレである夜は「御上覧(ごじょうらん)」と呼ばれる屋台の神前奉納の儀が行われ、鹿島神社を中心に屋台の迫力のある巡行を見ることができます

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 私が初めて益子でこの祇園祭を目の当たりにした際に驚いたのは屋台巡行で、普段はとても静かな町の通りに、屋台を引く人、それを見に来た人、たくさんの人たちが、特に若い人が多く出て、とても熱気に満ち溢れていたこと。私の育った町でお祭りというと、お寺や神社に食べ物やおもちゃなどの縁日が出て、なんとなく盆踊りを踊るくらいの、ただ子供が楽しいものという認識であったのに、ここではまさに祭りは神事であり、町の人のものでありました。5年に1回の当番町にあたると、お祭りのための準備をし、それ以外の町の人も屋台を引く人を集めたり、その年の屋台の運行時間のスケジュールを組んでいったり。そして祭りが始まると、3日間は「わっしょい」などの掛け声とともに、屋台が通りを練り歩きます。
「お祭りを通して町の人たちの結束が強くなる。」生粋の益子人である誰かがそう言っていましたが、まさにその通りだと、この熱気を見せつけられてつくづく思います。陶器市は大きなイベントであり、焼き物屋さんや商いをする人にとって重要な行事ではあるけれども、祭りはそれぞれの仕事の垣根も越えて、町の人たちが力を合わせることのできる大きな意味を持った行事なのです。
 やはり日本人にとって、お祭りは神聖なものであり、自分たちの受け継いできた伝統を次の世代へと託すもの。この町の人たちはそれを大真面目にやっているのだと、屋台を引く姿を見てとても頼もしく思えたのでした。
(いけだ えみ)

※「御神酒頂戴式」…江戸時代から伝わる町指定の民俗文化財。祭の当番引継の儀式で、1年365日になぞらえ3升6合5勺(約6.5リットル)入る大杯に注がれた熱燗を、次の当番町の男衆10人が羽織袴姿で三杯飲み干します。

土祭 開催日 2012年09月16日(日)~2012年09月30日(日)
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益子の観光情報は益子町観光協会へ。益子町バナー.png

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その六 カフェ ヴィオロン

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その七 noma

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その八*番外編 スターネット大阪~かぐれ

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その九 菅藤造園

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その壱拾 洛風林