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京都は古くて新しい街。変わっていないようで、常に変わり続けている。
古いものがあたりまえのようにあり、新しいものがつぎつぎにできている。
そんな京都の魅力にはまった人たちを、同じく京男になったデザイナー上野昌人さんがレポート。

京都迷店案内其の参拾八 HOME(龍安寺)

2019-02-08

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HOME(ホーム)

〒616-8012 京都市右京区谷口垣の内町11-1
電話075-432-7537
営業時間12:00~17:00
日曜日定休、臨時休業もよくあるので
サイトでご確認ください
HOME


 私が今住んでいるのは京都の北西、等持院と龍安寺の間、妙心寺や御室仁和寺にも歩いて10分ほどの距離にあるアパートである。二階からは北に衣笠山が眼前に、南は京都市内が遠く見える。山が近いので朝は鳥の声で眼が覚める。春は鶯が五月蝿いほどであるが、それほど自然に囲まれているということだ。かつて京都画壇の人たちがこの辺りに集まっていたのも分かるような気がする。
 交通は専ら市バスを遣っているが、京福電鉄北野線、つまり嵐電のことであるがこの龍安寺駅も時々利用する。この嵐電は四条大宮から嵐山に繋がっていて、帷子ノ辻(かたびらのつじ)で北野線と接続している。再配達をお願いすればよいのだが、たまに不在郵便物を取りに京都西郵便局に行くことがある。嵐電で帷子ノ辻から二つ嵐山方面に向かうと車折神社(くるまざきじんじゃ)という駅があり、そこで降りると正面にその神社がある。ここは芸能の神様でもあり、かつて富岡鉄斎も宮司をしていたことがあるという。その境内を抜けて行くと、郵便局のすぐ側に出る。片道30分ほど時間はかかるが、それでも敢えて取りに行くのはこの道のりが好きだからである。北野線は北野白梅町を起点に、等持院、龍安寺、妙心寺、御室仁和寺、宇多野、鳴滝、常磐、撮影所前、帷子ノ辻と続く。御室と云えば江戸時代に野々村仁清が、また鳴滝と云えば尾形乾山が窯を構えたところでもあり、岡部伊都子の『鳴滝日記』という名エッセイ集もある。保田與重郎の終の住処である身余堂も鳴滝にあった。また宇多野から鳴滝の線路沿いには見事な桜のトンネルがあり、御室桜と並んで春の名物の一つとなっている。私のような無粋な者でも何となく旅心をくすぐられる駅名の数々なのである。

 龍安寺駅のそばに 「HOME coffee stand 」 というお店ができたのは、私が今の場所に引っ越して来てからなので4年くらい前だろうか。店主は佐野史恵さんという若い女性だが、3人のお子さんがいるお母さんでもある。私の住まいは立命館大学のすぐ南側にあるので喫茶店も何軒かあり、珈琲の味も悪くはないのだが、洒落た店は却って居心地が悪かったりする。なかなか気に入った店を見つけられずにいたのだが、ある時、龍安寺商店街の入り口から東に入る角にセンスのいいチョークボードを見つけた。旨い珈琲が飲めそうな気がしたので、行ってみるとその予感は外れてはいなかった。そして彼女の作る料理はどれも美味しく、私は特にカレーライスが好きだ。中辛で、最近は目玉焼きを乗せてもらう。ケーキやクッキーなどの菓子類も美味い。そして肝心のコーヒーは、オーガニックの豆をフェアトレードで扱っている伏見の焙煎屋さんにお願いしているというが、特にホームブレンドは低温でじっくり焙煎されているから、コクはあるがすっきりしていてもたれない。味も店のセンスもいいので、行かない理由はないのである。

 佐野さんは大学生の頃に、龍安寺駅傍の今のお店がある一軒家に住み始めた。元々の生まれは千本丸太町を下がった出水学区で中、高と過ごした。大学4回生の夏休みに野良猫を拾って家に帰ると、猫好きのお母さんが「飼っている猫と相性が合わないとよくないから、あんたが猫と一緒にどこかに住みなさい」と云われ、今のお店の場所を見つけたのだという。それから25歳で小学校の同級生と結婚し、26歳で長男が産まれると双ケ丘の新居に引っ越した。ところが、その猫は何度連れて帰っても、すぐまた龍安寺の元の家に戻ってしまう。佐野さんは長男を出産後、3年半ほど大丸地下のイノダコーヒでアルバイトをしていたが、それは何となくというより将来喫茶店をやりたいという夢があったからだ。ならばそこで喫茶店をやるか!と決断したというから、彼女の背中を押したのはその猫ということになる。因にその猫は次郎丸と名付けられ、今も皆にジローさんと呼ばれている。
 しかし驚くのは佐野さんの行動力である。一人目の子供を産んで子育てが一番大変な時に、イノダでアルバイトをしながら調理師の資格を取っていたのだ。そして32歳でお店を開くまでの間に、着々と準備をしていたらしい。お店がオープンしたのは2015年の8月で、その前の年には長女を、オープンした翌年には次女を産んでいる。お腹が大きくなった佐野さんが飄々と二人の子育てをしながらお店をやっていたのを、私はとても感慨深く見ていた。

 佐野さんがお店を始めるにあたって決めていたことがいくつかある。一つ目は、誰でも来てもらえるお店であること。二つ目は、子連れで来られること。三つ目は、日常の延長にあるようなお店にすること。四つめは、「HOME」という名前にすること。喫茶店のいいところはいろいろな人が来ることだ。家に帰れば誰にでも悩みの一つや二つはある。だからこそ一杯の珈琲が誰かを元気に、笑顔にできるなら嬉しい。それがお小遣い程度の金額で楽しんでもらえるならばもっといい。また自分の子育ての経験から、子連れで楽しめる空間というのは意外に少ないと感じた。ちょっとした工夫で、親子で楽しめる空間ができるのではないかと。それは特別のことではなく、日常の延長にあるような店であることが望ましいと佐野さんは想った。そしてその場所が「HOME」だと。
 お店には佐野さんが小学生の頃に書いた作文を入れた紙のタトウが置いてある。そこには珈琲カップとお皿に盛られたケーキの絵が描いてあるのだが、そのカップにはHOMEとありとても驚いた。まさに今の状況そのものではないか。

 最近はお母さんたちの間でも口コミで「HOME」の評判は広まり、予約もよく入るのだがその際に佐野さんは必ず訊ねることがある。「子供の具合が悪くなったら、キャンセルさせて戴くこともありますがそれでもいいですか?」と。とにかく無理をしないというのが彼女のポリシーだ。
 またお店を続ける中で、ふと思い付くことがよくあるという。それをすぐまた実行するのも佐野さんのポリシーでもある。細い蝋燭があったらお洒落で使い易いのにと想い、可愛いパッケージも自分で作って商品として卸もしている。また龍安寺商店街を元気にすることが何か出来ないかと考え、駅南口にある公園を使って「日々の市」というイベントを実現した。いろいろなワークショップやイベントも最近はよくやっているが、それらもみな、誰かのためというよりは先ずは自分自身が楽しいからだ。もちろんボランティアは素晴らしいけれど、まずは自分の足元をしっかり固めて家族と楽しく生きていく。その上で誰かのために役に立つのなら、もっといいと想う。

 私は「HOME」というネーミングは本当にいい名前だと想う。ここで過ごす一時が、私にとっても愛おしい日常だからだ。近所に住む年配の方たちから子連れの若いお母さんたちまで老若男女、もちろん立命館の学生たちを始め、センスのよい若いクリエーターもここに集まる。この間もあるイベントで知り合った青年とここでばったり再会した。彼はルーマニアの詩人を追いかけてハワイに行き、そのままハワイの民俗学の研究をしているのだが、日本の住まいが近所の花園団地にあるのでこの辺りはよく来るのだという。こんな出会いもあるのだ。

 お店のお手伝いしている渉さんや義理の妹さんのあきちゃんもとてもチャーミングだし、座敷で子供たちを遊ばせているお母さんたちも皆お洒落でキレイだ。そしてその子供たちを眼を細めて見ている年配の方たちの眼差しも優しい。このゆったりとした時間の流れる喫茶店にゆくのは楽しいし、本当に心地良い。だからたまに臨時休業になると私は行き場を無くし、文字通りホームレスとなってしまう。私がこのお店に惹かれるのは、一生かかっても手に入れられなかったものがみなここにあるからなのだと最近私はよく想う。