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京都は古くて新しい街。変わっていないようで、常に変わり続けている。
古いものがあたりまえのようにあり、新しいものがつぎつぎにできている。
そんな京都の魅力にはまった人たちを、同じく京男になったデザイナー上野昌人さんがレポート。

京都迷店案内その弐 直珈琲(中京区河原町三条上ル二筋目東入)

2018-08-20

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 私が京都に住むようになったのは幾つかの理由があるが、加藤一雄の『京都画壇周辺』と出合ったことによるところが大きい。この本は用美社から1984年に刊行され、その後湯川書房から特装本が出た。用美社版は800頁にわたる大著ながら、加藤一雄の京都への深い愛情と洞察にあふれた文章で飽きさせない。京都市立美術専門学校は現在の京都市立芸大の前身であるが、そこで中井宗太郎とともに加藤一雄は教鞭を執っていた。竹内栖鳳、土田麦僊、村上華岳、榊原紫峰、小野竹喬、川村曼舟など京都画壇の重鎮たちとのエピソードはもちろん、京都の街の様子やそこに暮らす人々の描写などが何とも云えず、心に染み渡る名著だと私は思っている。折りあるごとに読み返したくなる本ではあるが、この本の特装本が湯川書房から出ていると知った時には是非これを見たいと思った。そしてそれが湯川書房に行くきっかけになった。

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  ところが数回通ってこれからという時に、湯川さんが亡くなった。湯川さんからついに『京都画壇周辺』を見せて戴く機会には恵まれなくて残念ではあったが、生前の湯川さんの声や身体から発散する雰囲気に触れられたのは本当に良かったと思う。


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 程なくしてある方からご縁を頂き、私は京都に引っ越した。そういえば湯川書房の跡はどうなっているのだろう、とふと思い立って行ってみると何やら綺麗なドアの新しいお店ができていて、引き戸の湯川書房とはずいぶん趣が変わっていた。何のお店かなと思いつつ入ってみると、いきなりユージン・スミスの写真が入り口にかかっていた。微かにジャズが聴こえ、珈琲の良い匂いがする。一木造のカウンターの向こう側に坊主頭の若い店主がいた。それが渡邉直人さんとの初めての出会いだった。



 骨董屋や古本屋、画廊もそうであるが初めてのお店に入る時は、気合いがいる。店主も客も品定めをしているからだとは思うのだが、興味のあるものや品揃えで、お互いのことがある程度分かってしまうからコワいのだ。直珈琲もそんな感じがした。若いのにシャープな出で立ちの店主に品定めをされるかのように、六席しか座れないカウンターに常連も一見さんも一緒に座る。土壁に掛け花が一つ、その季節に合わせてお花と花器が選ばれ、削ぎ落とされた空間で一時を共有する。まるで茶室だと思った。

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 私も以来時々通っているが、今でも入る時に軽い緊張感を憶える。今までどこで修業してきたのか風の噂では聞いたことはあるが、本人の口からは聞いたこともない。たぶん聞いても答えてはくれるだろうが、胸の裡では「そんなことどうでもええやん」と云われそうな気がする。そう、この店では珈琲を味わうだけでいいのだ。
 そんな店主が供する珈琲が不味いはずがない。もちろん嗜好品である以上好みはあるが、コクはあるがすっきりとした飲み口は、ありそうでなかなかない。私は珈琲の味が分かるたちではないが、数多ある京都の珈琲屋の中でもここの珈琲は旨いと思う。この店に東京から著名な同業者が来たと聞いて合点がいった。その人は美術品のコレクターとしても名高い人だ。平野遼という画家の図録に文章を寄せておられたが、お店のカップにも珈琲の淹れ方にも大変こだわりのある人なのだ。

 この店の常連の人たちも個性的な方たちが多い。その中の一人の骨董屋さんと以前東京で出会っていて、ある雑誌に文章を書かせて頂いたことがある。後日その時のお礼が届いた。中をあけると松風と直珈琲のブレンドが入っていた。添えられた手紙には一言「いろいろとおおきに、不味い珈琲でも飲んでおくれやす」と認められていた。若い主人も珈琲も愛されているのだな、とその時思った。



直珈琲
京都市中京区河原町三条上ル二筋目東入恵比須町530-40
電話はありません。花政、イル・ランポの並びです。
11:30~22:00
水曜日定休