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京都は古くて新しい街。変わっていないようで、常に変わり続けている。
古いものがあたりまえのようにあり、新しいものがつぎつぎにできている。
そんな京都の魅力にはまった人たちを、同じく京男になったデザイナー上野昌人さんがレポート。

京都迷店案内その弐拾 十分屋(中京区河原町二条東入)

2018-12-10

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十分屋

京都市中京区二条通河原町東入ル樋之口町454
TEL. 075-222-0108
10:00〜19:30
日曜・祝日休
ホームページ




私の古書蒐集癖は、本の装丁と活字愛に支えられている。装丁の話はキリがないので、また別の機会にしたいと想うが、活字について書いておきたい。20代の最後に勤めていた広告デザイン会社は銀座にあった。そこで初めて活字印刷の名刺をもらったのだが、横組のシンプルな名刺であった。未だにそれを手元に遺しているのは、よほどその名刺を作ってもらったことが嬉しかったからだと想う。当時は細川活版所を始め、銀座界隈には活字印刷のお店がまだいくつか遺っていた。交詢社ビルのような古いビルが消えるとともに、活字印刷のお店もなくなっていったが、あの名刺が私の原点になっているといったら大げさだろうか。アカデミックなデザイン教育を受けていない私にとって、「一見ありふれているけれど、どこにもないもの」、それが私のデザインする上でのポリシーとなっているからでもあると想う。

 京都に引っ越すと決める前から、「十分屋」のことは知っていた。ある方の紹介であったが、お店の佇まいを見た瞬間に気にいってしまったのだ。ガラスウインドウごしにハイデルベルクの印刷機と、その奥に活字収納棚が見える。時の止まったような、その店の空気に魅せられてしまった。以来引越の案内を始め、年賀状と名刺はずっとここでお願いしている。職人らしいこだわりを感じたのは、最初の擦り合わせの時で、お互いの好みや、デザイン観の違いで意見を交えることもあった。だが一度納得して戴けると、あとは何も文句の付け様がないくらい、綺麗に仕上げてくださるのがとても嬉しい。

 ご主人の山口昌昭さんのお祖父様は戦前大阪で従業員を何人か使いながら、印刷会社を営んでいた。その後戦争が酷くなり、工場も空襲で焼けて桜の綺麗な季節に京都に疎開してきたそうだ。戦後、これから何して食べていこうかなと考えた時に、印刷会社を思い浮かべたのは必然でもあった。最初のお店は木屋町の一之舟入を下がったところにあったそうなので、きっと高瀬川の桜が咲き誇っていたことだろう。昭和36年に現在の場所に移った頃には、山口さんのお父さんがお店を継いでいた。とにかく物のない時代であるから、小型の活版印刷機で仕事を始めたが、それこそ京都には大小たくさんの印刷会社が残っていた中で、特長を出さねばと屋号を「十分屋」とした。当時は名刺でも作るのに一週間くらいかかっていたのを、簡単な名刺ならすぐに印刷しますよという意味を込めて付けた名前でもある。それが効を奏したのか、アナログからデジタルの時代を経ても未だに根強い人気を誇っている。活版印刷なら「十分屋」と云われる所以だ。

 そんなお店になったとはいえ後を継ぐことに抵抗はなかったのか、というと、やはり抵抗はあったと山口さんは仰る。ただあまりにも子供の頃から「お前は跡を継ぐんや」と云われていたせいか、「しゃあないな」と想っていたそうだ。特に何かというわけではないが、理系の勉強がしたかった。科学者というよりは理系の勉強が好きだったとお聞きして私は納得がいった。活字を拾って、組むという作業は大変緻密で、根気のいる作業の連続だからである。今でこそパソコンで簡単に組版ができたり、修正ができる時代から考えると気の遠くなる作業の連続なのである。そして一度組み上がってしまうとまた元のようにバラバラの活字に戻すことになる。長く使えば摩耗もあるし、よく使う文字とたまに使う文字では減り方も違うし、漢字と仮名では文字のアキも変えねばバランスが取れない。

 以前東京の活版印刷のお店でこんな話を聞いた。両面印刷の場合、活版のエンボスが強いと裏にも凸が出て具合が悪い。薄い紙を使ってもエンボスが目立たないように、活字を印刷するのが腕の見せ所だと。京都でも若い活字印刷のお店を始める人が出てきていて、とても頼もしく想う一方、こういった職人魂のようなスピリットをぜひとも引き継いでくれる若者が増えてほしい。もちろん掠れやエンボスを表現の手段として使うのは良いと想うが、職人はそれではダメなのである。最初と最後の刷り上がりではどうしても誤差がでるが、それを如何に均質にしてゆくかが職人の技なのだ。

 名刺は顔であると私は想っている。あの小さなスペースに、その人の美意識が集約されている。それは何もアナログや活版だからいいと云うわけでもない。その人が何にこだわっているかということだ。使い勝手に終始している場合もあれば、デザインに特化したものもあるし、さらにそんな小さなこだわりも超えている場合もある。とてもクリエイティヴな仕事をされているのに、名刺はごく普通のデザインの場合もある。その名刺を持っている人の生き方が垣間見える時もあるから、とても興味深い。たかが名刺、されど名刺なのである。

 活字を新たに作っているところもないし、いずれなくなる運命なのだろう。山口さんにも息子さんがおられるが、継ぐ気もないし継がせる気もないと仰る。それはある意味、活字の持っている宿命と重なるような気がした。組み上げてはバラバラにされて、また繰り返される。その潔さにまた魅せられるのだが。私ももう少しお世話になるつもりなので、それまでは頑張って続けて戴きたいと願うのみだ。