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京都は古くて新しい街。変わっていないようで、常に変わり続けている。
古いものがあたりまえのようにあり、新しいものがつぎつぎにできている。
そんな京都の魅力にはまった人たちを、同じく京男になったデザイナー上野昌人さんがレポート。

京都迷店案内その六 カフェ ヴィオロン(東山区大和大路松原通東入)

2018-08-20

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カフェ ヴィオロン
京都市東山区川轆轤町80-3 TEL.075-532-4060
9:00~21:00 木曜休
ウェブサイト  http://cafe-violon.com

 大学生の頃は、大阪に住んでいた。学校に行っても詰まらず、アルバイト先とパチンコ屋と下宿の三カ所を行き来して、週末になると神戸・三宮から塩屋・舞子辺りまで友人の車に乗って遊び回っていた。当時の私には京都の良さが全く分からず、寺などは辛気くさいとしか想えなかったから、今とは大変な違いである。下宿に籠っては良く本を読んではいたが、何を読んでいたのか、今となってはあまり思い出せない。残っている本を見るとどうやら当時デビューしたばかりの村上春樹や宮本輝などの小説や、専攻が教育心理であったので、ユング、フロイト、そして河合隼雄や南博などを読んでいたようだ。梅原猛は高校生の頃から好きで『水底の歌』や『隠された十字架』など読んだ気がするが、すっかり忘れていた。それが京町家の見学会で度々京都に訪れる様になった頃、再び出会ったのが1997年に刊行された『京都発見』だった。2007年に完結するまで9冊に渡り梅原節が全開していて、すっかり京都の魔力にハマってしまった。まさに「京都発見」であったのだ。
 ある方からご縁を頂いて東山区に住むことになったのだが、区役所が東大路沿いの清水道の入り口にある。用事がある度に行くのだが、区役所の北側が松原通。この道を西に向かうと小野篁が井戸を抜けて冥界と行き来していたという六道珍皇寺の前を通って、川端通に出る。その手前は歌舞練場のある宮川町であるが、たまに芸妓さんに出くわすとちょっと嬉しかったりもする。近所のクリーニング屋が閉店してしまい、ぶらぶらと新しいお店を探しに行くと六波羅蜜寺の側まで歩いてしまった。序でに六波羅蜜寺で空也像を観て、お茶でもしようかと想いながら歩いていると松原通の正面、いわゆる六道の辻で見つけたのがカフェ ヴィオロンである。それ以来クリーニング屋に洗濯物を出したり、区役所に用事があるとこのお店に寄るようになった。
 幽霊飴で有名な「みなとや子育て幽霊飴本舗」の隣にあるカフェ ヴィオロンは昭和の匂いのする店だ。以前は多分スナックであった内装をほぼ居抜きで使い、深いワインレッドのフェイクレザーで造られたカウンターの傾斜や真鍮の金具もいい味を出している。かつてカラオケのステージだったと想われる場所には陳列台が置かれ、今は絵本やら古本が置かれている。照明も昔のままだそうだが、LEDに変えるとお店の雰囲気と合わなくなり、白熱灯に戻したらしい。名前の通り店内にはいつもクラッシックが流れていて、本当に居心地がよい空間なのだ。
 この店の主人は若いご夫婦である。何度か通ってようやく二言、三言言葉を交わすようになり、ある日名刺を頂いた。名前の隣に「(社)日本ソムリエ協会公認 ワインエキスパート」という肩書きが並んでいる。なるほど店主の足立さんは白いシャツの似合う痩身の美男子で、ワインが良く似合う。奥様も笑顔の素敵な方で感じがいい。お二人は学生時代に京都に来て、フランソア喫茶室でアルバイトしている時に知り合ったそうだ。足立さんは特に就職もせず、卒業後は旅に出るための資金作りの為に力仕事をして、半年で百万円を貯めた。その資金でヨーロッパへ行きワインに目覚め、帰国後ワイン関係の仕事に就く。そしてこの場所にに引き寄せられ、このお店と出合って珈琲店を開くことを決めた。やがてお店の二階に住むことになるのだが、この辺りは東は清水寺や高台寺、西は宮川町、南は五条の焼きものの窯や問屋さん、北は建仁寺や花見小路に囲まれたエアポケットのような静かな街である。そしてその街にある時代に取り残されたような珈琲店を、私はすっかり気に入ってしまったのだ。
 カフェ ヴィオロンの珈琲はちょっと癖がある。チョコレートのフレーバーがするグァテマラは、他の店よりやや深煎りで美味しい。私の好きな味だ。朝の簡単ではあるが上品なモーニングセット、お昼はオムレツやドライカレーも食べられる。全てにおいて丁寧で気持ちが籠っているからだと想うが、ご近所の常連と思しき年配のご夫人も良く見かける。4人掛けのボックス席が4つの店には、センスの良い若い人たちやクラッシック好きが集まるが、4人で満席になったり、朝からワインを飲めるのもこのお店ならではのことであろう。
 私は残念ながらワインもクラッシックも珈琲の味さえ分からない無粋な人間だが、このお店で過ごす時間は格別だ。『京都発見』の中でもこの辺りのことに触れられている。もともと六波羅(六原)は髑髏(どくろ)の意味の転訛で、この町内が轆轤(ろくろ)町と云われているのも、轆轤細工師がいたというより、骸骨の髑髏が散らばっていたからではないかと書かれている。また六道の辻は「生の空間」と「死の空間」の接点であり、生者と死者の行き来する場所であるという。天気の良い日は店のドアが開いていて、奥の席からは人が行き交う様子がよく見える。老若男女、地元に棲んでいる人、旅人などいろいろな人がお店の前を歩いている。この店でクラッシックを聞きながら珈琲を飲んでいると、目の前を歩いている人が本当に生きている人なのか、死んでいる人なのかよくわからなくなる時がある。かつて六道の辻では霊能力者が生者と死者を分けていたという。暮れ泥んで行く景色を見ながら自分はどっちだろうかなどと想ったりもするが、決して私はワインに酔っているわけではないのである。

(上野昌人)