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京都は古くて新しい街。変わっていないようで、常に変わり続けている。
古いものがあたりまえのようにあり、新しいものがつぎつぎにできている。
そんな京都の魅力にはまった人たちを、同じく京男になったデザイナー上野昌人さんがレポート。

京都迷店案内その壱拾弐 奥書房(東山区古門前通)

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奥書房

京都市東山区古門前通大和大路東入ル元町359
TEL.075-525-8822
10:00~18:00
日・祝日定休
ホームページ

 京都の古本屋。なんといい響きだろう。京都は手仕事の街だから染織、陶磁器、漆器などを扱うお店が多いし、伝統的な表具や裂などを扱うところや、お菓子や食べ物にまつわるお店もたくさん想い浮かぶ。もちろん庭師、宮大工、左官などの家周りの仕事もいろいろとあるから、もし私が若くて仕事を選ぶことができるのなら、京都は最高の街である。古美術・骨董の店も多く、古いものを扱う店も多いが、それでも私には古本屋が一番しっくりくるのだ。今や新興住宅街には本屋さえ探すのが困難な時代に、古本屋のない街も珍しくなくなってしまった。私は昔から、古本屋のない街には住めなかったし、その意味では京都は天国だ。私は専ら美術関連や人文系の偏った本好きではあるが、それぞれ個性的な品揃えをしている古本屋さんがたくさんあるのもとても嬉しい。若ければ古本屋になりたかった、と京都に住むようになって染みじみ想うのだ。

 もちろんお目当ての本は、ネットで探すと早いし便利だ。しかし古本好きにとってはカビ臭い匂いを嗅ぎながら、本棚を眺めている時が至福の時間でもある。そんな時に想いもかけないような本に出会えると、躊躇うような値段でない限りはつい手が出てしまうから困ったものである。最近はお洒落な雑貨や昭和の骨董品などと一緒に販売するお店や、新刊書と古書を一緒に売るようなお店も増えているが、単なる古本というよりもファッションやインテリアのアイテムとしてもセレクトされているようだ。だが私は、やはり鬱蒼とした本の山をかき分けながらながら、奥に進むような店が好きである。分け入っても分け入っても本の山、がいいと想う。

 奥書房は骨董屋が居並ぶ古門前にある。路地の奥にあるから、奥書房ではない。念のために書くと、名字が奥さんで、女性ではない。ご主人の名前が奥淳一さんだからである。以前、『祇園祭山鉾懸装品調査報告書』という本をネットで検索して、奥書房にあることを知った。それから時々、訪ねて行くことになる。奥書房は、以前は今よりももう少し大和大路と古門前通の角にあった。場所柄、美術書がとても充実していて、奥さんと話をしていると2時間くらいはあっという間に過ぎてしまう。温厚ながら、美へのこだわりは半端ではなく、その品揃えをみればよくわかる。小さいお店ではあるが、私が京都で一番好きな古本屋である。

 奥さんは最初は化学工業機器メーカーに就職し、その後文化出版局の文化パターンという部署で、中高生向けの家庭科用教材の販売等の仕事をしていたそうだ。その後、大学時代の同級生が京都で版元をしていたので、彼を頼って上洛することになる。その版元で本の編集や営業をしていたが、いわゆる美術関係の豪華本であるから、経営はとても厳しい。その経験を生かして独立するには、あまり時間はかからなかった。当然ではあるが古本屋をするような方は碩学の方が多いし、またそうでなければ仕事として成り立たない。しかし修業もせずに古本屋を始めるということが、どれだけ大変なことであったことかは想像に難くないのだが、美術の街京都ならではの立地条件と版元時代の人脈のお蔭でなんとかお店を続けてくることができ、気がつけば28年という月日が経っていたのだった。

 棚を眺めると、高見沢版の『光琳』『宗達』が先ず眼に入る。昔、あるギャラリーの主人が持っていたこの2冊を見せてもらったことがある。コンディションが良かった所為もあるが、とても美しい本であった。また河東碧梧桐の本を見つけ、そこから中村不折の話になると、大幅があるからと見せて戴く。私は不折の字がとても好きだ。3年前くらいに大倉集古館で行われた『根来展』の図録もある。それにしても紫紅社版の『根来』は素晴しい本でしたね、という具合に話が止めどなく広がるのだが、それがまた楽しい。最近はあまり書籍も動かないので大好きな粉本や下絵などを手に入れて楽しんでいるそうだが、まさに本数寄の面目躍如たるところであろうか。

 そしてまた驚くべき出会いがここであったのだ。それは東京で唯一、私が懇意にしている現代美術の画廊が作ったカタログが置いてあるのを見つけた時のことだ。その画廊の店主とは独立するまえからの知り合いであったが、地味だがとても力のある作家の作品を扱う画廊として今は三越前に店を構えている。カタログもとても拘りのある店主の美意識が上手に反映されていて、丁寧に作られている。まさか京都でその画廊のカタログやDMを見ることになるとは想わなかった。

 私は一時期、京都の古本屋の婿養子になることを夢見ていたことがある。だから京都の路地の奥の古本屋で、美術書に囲まれながら暮らしている奥さんを心の底から羨ましいと想うのだ。そして今度お店に伺った時には、お嬢さんがいないかどうか聞いてみたいという衝動に駆られている。
                   (上野昌人)