onlineロゴ2.jpg

骨董・古美術・工芸のポータルサイトmenomeonline

京都名店案内ロゴ.jpg

京都は古くて新しい街。変わっていないようで、常に変わり続けている。
古いものがあたりまえのようにあり、新しいものがつぎつぎにできている。
そんな京都の魅力にはまった人たちを、同じく京男になったデザイナー上野昌人さんがレポート。

京都迷店案内その壱拾四 かみ添(北区紫野藤ノ森町)

2018-05-24

2014-06-05 13.27.20.jpg



2014-06-05 13.31.21.jpg



2014-06-05 13.31.46.jpg



2014-06-05 13.33.35.jpg



2014-06-05 13.35.39.jpg



2014-06-05 13.33.13.jpg



2014-06-05 13.55.06.jpg



2014-06-05 13.30.19.jpg




かみ添.

京都市北区紫野藤ノ森町11-1
TEL.075-432-8555
営業時間11:00〜18:00
月曜定休
ホームページ

 瀧口修造はいくつもの貌を持っていた。詩人であり、美術評論家であり、またある時は美術作家でもあった。画家の古賀春江も詩を書き、詩人の北園克衛はプラスティックポエムと呼ばれる抽象詩を書き、『VOU』という雑誌を作って活動していた。詩と芸術が一体となった時代があったのだ。私は一時期、滝口修造の作った書籍に嵌った時期がある。最初に入手したのが『余白に書く〜 I MARGINALIA』(1966年)という本であった。縦長のシンプルな筺に入った、モダンな装丁。筺から本を出すと、プラスティックの透明なカバーに包まれたカバーの絵はサム・フランシスで、ドリッピングの鮮やかな色が目に飛び込んでくる。今でもハッとする装丁だ。次に入手したのが『寸秒夢』(1975年)である。これも凝った紙を使ったアンカット装版。つまり化粧断ちしていない、頁が繋がって読めないままの状態で製本されている。これをもし読もうと思えば、自分でカットするしかないのであるが、その意図を知らない人が見たら落丁であると思うに違いない。このように書籍でもいろんな実験をした人なのであるが、その極めつけが『地球創造説』(1972年)という詩集である。これは黒い紙に、黒いインクで文字を印刷したという実験的な本で、一見すると何も書いていないように見える。角度を変えてみると、質感の違いで文字が判読できるという仕掛けになっているのである。高額でしかも限定本なので、最近はあまり見かけることもないがとにかく美しい本である。
「かみ添」の仕事を初めて見たのは、以前この稿でもご紹介した「noma」であった。とてもチャーミングなお店で、物欲を上手にくすぐるのであるが、私の目に一番最初に留ったのが、「かみ添」とコラボレートして作られたポストカードのセットである。当時は生成の白と金染め、墨染めと墨染めした上に金染め、墨染めと鼠色の3種類があって、それぞれ一枚のカードに二色の紙を使い、耳付きで貼り合わせてある非常に手のかかったモノであった。その白いカードを見た時にマチエールは全く違うのだが、サイ・トゥンブリーのドローイングを想い出した。素材の質感の違いでもたらされる美しい白の世界である。また黒いカードは、瀧口修三の『地球創造説』を想起させた。なんて美しいカードだろうと想った。今でも「noma」に行く理由の一つが、この葉書を買うためである。
 御主人の嘉戸浩さんは1975年に西陣に生まれた。ご両親とも京都の方ではないそうだが、やはり西陣に戻ってきたのは子供の頃の記憶が無意識にそうさせたのだろうか。嵯峨美術短大ではプロダクトデザインを専攻したのち、サン・フランシスコの大学に留学し、グラフィックデザインを学び直す。その学び方や美術に対する考え方は日本とは全く違うものであったというが、浮世絵や日本の文化についていろいろと聞かれ、改めて自分自身のアイデンティティを考え直すことになる。当時のサン・フランシスコは大変刺激的であったという。ジャック・ケルアックを初めとする「ビート・ジェネレーション」の作家たちの時代から、サイレント・ジェネレーションに移行していたとはいえ、ロバート・フランクやボブ・ディランといった人たちが活躍するカウンター・カルチャーのど真ん中にいたわけである。20代の前半にそんな文化の洗礼を受けた青年が、よく日本に帰ってくることができたと想う。私も30年程前に仕事で2回ニューヨークへ行ったが、イースト・ヴィレッジやソーホーには、アメリカンカルチャーの洗礼を受けて日本に帰れなくなってしまった日本人がたくさんいたから、余計にそう感じるのだ。
 だが嘉戸さんは迷わず京都に戻り、縁あって「唐長」に就職した。「運が良かっただけ」と仰るが、私は単なる偶然ではないような印象を受けた。この時点で嘉戸さんには、うっすらとではあるがやるべきことが見えていたのではないだろうか。そして「唐長」で5年勤めた後、独立する。口さがの無い人たちからは、無名の人間が造った唐紙なんぞを誰が買うものか、とずいぶん揶揄されたそうだが、新しい唐紙の可能性、たとえばコンテンポラリーという視点を入れた唐紙造りの構想がすでにあったのであろう。今の暮らしに合う唐紙をつくること。それがあればきっとやって行ける、そんなセンスと時代を見極める眼を嘉戸夫妻は持ち合わせていたに違いない。お店に伺うと、ぽち袋や便せん・葉書などが気持ちよくレイアウトされている。什器の違い棚なども、なかなかお目にかかれない洒落たものではあるが、それさえも脇役にしてしまうくらい上手に作品も展示されている。しかし「かみ添」のメインは唐紙の貼られた襖であり、壁紙である。陽の具合によって表情を変えて楽しめる唐紙の魅力に、すっかりファンになってしまうお客様も多いと聞く。
 「かみ添」はとても和的なイメージのお店ではあるが、嘉戸さんのマチエールへのこだわりを考えるとき、やはり西海岸の影響もあったのではないかと私は想う。西海岸というと一般的には陽光溢れるカラフルなイメージであるが、私の中ではモノクームのイメージが強い。ブルース・ウエーバーをイメージさせるような『Boys of summer』のMTVやロバート・フランクの『The Americans』のザラっとしたモノクロームの砂のような質感がある。そしてそれは嘉戸さんの造る唐紙の手触りに似ているのではないだろうか。
 「かみ添」という屋号は奥さんの美佐江さんのネーミングだそうだが、いい名前だと想った。紙に心を添わす、心を添える。どちらの意味もあるそうだ。和紙と胡粉と雲母摺りから生まれる、この美しさの秘密は一体何だろう。ディテールに神は宿る、とはよく云われるが「かみ添」の造る唐紙のマチエールの谷間に神が宿るのであろうか。そして「かみ添」の「かみ」はひょっとして「神」かもしれないとふと想ったのである。(上野昌人)




※nomaのカードの3種類
・白(生成)と金染め
・墨染めと墨染めした上に金染め
・墨染めと鼠色
それぞれ一枚のカードに二色の紙を使ってます。
耳付きで貼り合わせてます。