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京都は古くて新しい街。変わっていないようで、常に変わり続けている。
古いものがあたりまえのようにあり、新しいものがつぎつぎにできている。
そんな京都の魅力にはまった人たちを、同じく京男になったデザイナー上野昌人さんがレポート。

京都迷店案内其の参拾弐 ワンダラーズ スタンド(下京区五条西洞院)

2018-12-10

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WANDERERS STAND(ワンダラーズ スタンド)

〒600-8321 京都市下京区八百屋町58 イチハタビル1F
電話075-353-5958
営業時間/8時30分~17時30分(L.O.17時15分)日曜日営業
定休日/不定休
https://m.facebook.com/wanderersstand/

 高校生の時に授業の一環で、フェデリコ・フェリーニ監督の映画『道』を観た。当時はその映画の意味さえ分からずに、徒にアンソニー・クインとジュリエッタ・マッシーナの真似をして「ザンパノごっこ」をした覚えがある。そのモノクロームのザラザラした画面の映像は、かなりのインパクトがあったようで40年以上経った今でも鮮明に心に残っている。そのせいもあってか20代の終わりには、週末になると映画館に入り浸っていた。80~90年代はミニ・シアターブームの走りであり、また弐番館に行くと、「タルコフスキー特集」とか「ベルイマン祭り」などをやっていて3本立てや4本立てのように朝9時から晩8時まで観続けるということがよくあった。ヴィム・ヴェンダースも大好きな監督で「さすらい」や「都会のアリス」、「ことの次第」なども観ていたが、何といっても痺れたのは「パリ・テキサス」だった。主人公役のハリー・ディーンスタントンが家を出て行ってしまった妻役のナスターシャ・キンスキーを探しに行く話は、ライ・クーダーのボトルネックギターの音とともに忘れられない映画の一つである。考えてみると最初から私はロード・ムービーに惹かれていたのかもしれない。
 「ワンダラーズ スタンド」は止まり木のようなお店である。近所に住む老若男女はもちろんのこと、いろいろな人たちがここの珈琲を目指して集まって来る。五条西洞院といえば京都駅から市内に向かう旅人の中継地点でもあるので、私も京都駅に向かう時はここに立寄りたくなる。平安時代からこの通りは西洞院大路と呼ばれていたから、往時でも交通の要衝であったのだろう。
 このお店は西洞院通沿いの古いビルの一階にあり、比較的小さな空間ではあるが、夏は窓も開け放たれているし、外にはウエイティングをかねた椅子もあるのでここで珈琲を飲むこともできる。オーナーの岡田さんが物件探しをした時に、京都生まれの奥様から、五条から南では街中から人が来るには少し不便だと言われたという。以前、この近所に東京のコマーシャル・ギャラリーがやって来たが、数年後に撤退していったという現実もあった。しかし岡田さんの嗅覚では、何もないということは逆にチャンスがあると感じたようだ。実際、最近の民泊ブームでこの界隈にもゲストハウスが増えた。そのせいか朝早く訪れるとゲストハウスに泊まっている外国人の方が、朝食を摂りに訪れるという。また夕方くらいにお店を覗くと、女子高生たちに出くわすことも何度かあった。このお店の空間が醸し出す大人の雰囲気に憧れるのか、格好いいバリスタのお兄さん目当てなのか良くわからないが、たぶん両方なのであろう。昔あった『流行通信』という雑誌のことを思い出した。『流行通信』は、サブカルチャーやアート、そして哲学がファッションとともに語られていたのだが、若い女性の嗅覚は面白いものを上手に見つけ出す。侮れないのである。

 オーナーの岡田 真紀(おかだまさき)さんは、1971(昭和46)年に富山で生まれ金沢で育った。中学高校と金沢で過ごした後、ロンドンのアートスクールに留学する。卒業後、金沢に戻ってきて1999年11月、伝説のカフェ「salon Sui(サロン・スイ)」をオープンした。このお店は4年半続いたが、残念ながら今はもうない。岡田さんの会社「CHANCE MAKER」のウェブサイトには「salon Sui」の画像が残っているが、白をベースとしたシンプルモダンな空間に、個性的な椅子や家具、照明が美しくマッチしている。こんな隙の無い空間が、1999年の金沢に出現したならば伝説にもなるだろうと思った。内装やロゴデザインはちょうどブレイク直前のgrafである。この仕事がきっかけで、岡田さんはgrafの仕事を手伝うようになり、やがて参画するのも当然のなりゆきだった。当時のgrafは東京・麻布十番にも事務所があり、最盛期には社員が40人もいたという。約5年半、プロデューサーとして、ビッグビジネスも手がけてきたが、ロンドンで写真や映像の勉強をしていた岡田さんは、だんだん映像の仕事をやりたくなりgrafを離れることにした。それが2012年のことだ。翌年には「CHANCE MAKER」を立ち上げ、某企業の美しい映像作品などをたくさん創っている。興味のある方はぜひウェブサイトを観てほしい。これが岡田さんの本業ではあるが、それがなぜ「ワンダラーズ スタンド」を始めたのだろうか。

 「ワンダラーズ スタンド」では自家焙煎はしていない。京都には豆や焙煎に拘るお店がたくさんあり、それは一つの文化として大切なことである。しかし岡田さんにとっては旨いかどうかが大切で、サードウエーブであるとか玄人過ぎる専門的な蘊蓄にはほとんど重きを置いていないという。
 それもそのはずで代々木八幡にある「Little Nap COFFEE STAND」の豆を使い、その旨さをもれなく活かすために3カ月みっちりと挽き方、淹れ方について研修を受け、今でもその研修プログラムは続けている。毎朝焼かれる食パンも同じである。もちろん食パン自体ももっちりとした食感で美味しいのであるが、トーストは鉄板でじっくり時間をかけて全面焼いてくれるのもまた嬉しい。この珈琲とトーストを味わうために、わざわざ「ワンダラーズ スタンド」に出かける価値はあると私は思う。
 実は「ワンダラーズ スタンド」があるビルの2階に、びっくりするような立派なキッチンを備えた広いコミュニティスペースがある。ここで岡田さんやスタッフたちと縁のあった人々が、いろいろな期間限定のPOP-UP SHOPやプライベートな食事会を行っている。そして、岡田さんはここをプレゼンテーションスペースと呼んでいて、彼らの思想や活動に共鳴した人たちが新たな表現をしたり、チャレンジしたりしている場所でもある。ある意味、サロンでもあり、「CHANCE MAKER」の基地でもあるのだ。
 岡田さん自身、珈琲が大好きで一日に最低5杯以上は飲むという。何か面白そうなことを仕掛ける才能のある人々とここで会う機会も多いし、ミーティングや会食もあるから、珈琲を飲む機会は当然増えることになる。また基地である限りは、メンバーがここに帰って来た時にやはり美味しい食事と旨い珈琲で出迎えたい。もちろん「ワンダラーズ スタンド」は、ワンダラーズな客人のためのお店でもあるが、この店を一番必要としていたのは、実は岡田さん自身だったかもしれない。


 純喫茶「翡翠」の稿でも書いたが、京都には本当にいろいろなタイプの喫茶店がある。しかし「ワンダラーズ スタンド」のようなスタンディングタイプのお店は少ない。これはたぶんに京都人気質と関係があると私は思うのだが、京都で喫茶店は社交の場でもあるので、長い時間話し込んだり、寛ぐ方が多いからではないだろうか。珈琲を一杯引っ掛けて出かける、というのはあまり京都の人には馴染まないのかもしれないが、近所に住む人々はもちろん、ワンダラーズな人々にとっても、居心地のいい場所になりつつある。そして私にとっては旨い珈琲を飲みながら、「今、生きている」ことをまさに感じさせてくれる貴重な空間なのである。