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京都は古くて新しい街。変わっていないようで、常に変わり続けている。
古いものがあたりまえのようにあり、新しいものがつぎつぎにできている。
そんな京都の魅力にはまった人たちを、同じく京男になったデザイナー上野昌人さんがレポート。

京都迷店案内其の参拾五 杉山佳苗珈琲焙煎(丸太町東大路東入)

2018-12-28

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杉山佳苗珈琲焙煎(かなえ珈琲)

電話090-1672-6340
kanaecoffee.ocnk.net/
kanae165@voice.ocn.ne.jp

 第弐拾弐回で取り上げさせて戴いた堺町画廊では、展覧会の他に「民映研の映画を上映する会」や「たねの会」などユニークな催しがおこなわれていて、いつ行っても多くの人で賑わっている。その稿でも書いたが、ご主人の伏原さんとお話している時に、URCレコードのコレクションをお持ちであることが分かった。URCレコードというのは、40年前くらいにあった関西フォーク・ロックのアンダーグランドレーベルのことである。そこで2017年2月に、『URCレコードを聴く会』というイベントを堺町画廊でさせて戴いたのだが、その時珈琲を供してくれたのが杉山佳苗さんである。自分で焙煎しているという深煎りの豆で珈琲を淹れて戴いたが、旨い!と思った。そしてそこには「精神的珈琲世界」という一枚の紙が添えてあった。左京区で珈琲豆の焙煎を生業にしているという。女性が珈琲の焙煎をしているというのも珍しいが、何やら蘊蓄とも違う文章を認めているのも面白いと思った。
 杉山さんは京都生まれの京都育ちである。今の住まいは杉山さんのお祖父さん・お祖母さんがもともと住んでいた家だそうで、その意味では京女と呼んでいいのかもしれない。地元の小・中・高を経て、大阪の大学ではインド文学やシャーマニズムを勉強していたが、インド好きは子供の頃からだったという。「在学中から世界中を徘徊していて、最初は陶芸家になろうと思ったんですね。火を使う仕事といえばそれしか想いつかなかったんです。するとインドでシュタイナーの珈琲農園に出遇って、そうか、焙煎があるなと思いました」と語ってくれた。シュタイナーの珈琲農園とはオーストリア人のルドルフ・シュタイナー博士によって考案された、バイオダイナミック有機栽培農法で運営されている農場のことだ。その農法は単なる化学肥料や殺虫剤を使わないというだけではなく、宇宙の力を取り入れ、土地や植物の力を引き出すのが特長である。杉山さんはその栽培法を実践しているバルマティーズ農園と巡り合った。そしてこれが今、自分のやるべきことだと直感したという。またインド文学に魅せられた若い女性が、この経済効率第一の社会の中で仕事を見つけるのは容易ではなかったであろうから、そんな状況も杉山さんの背中を押したのかもしれない。
 そして大学を卒業してから今まで17年間、焙煎を生業としている。珈琲は2種類のみ。タンザニア産と東ティモール産で、産地が違うということは豆の持つ力が違うということ。いずれにせよ豆に力があるので、2種類の豆だけを焙煎している。今、取引先は約20カ所。それ以外に催事やイベントで出店することはあるが、基本は注文とネット販売である。
 家の奥に立派な焙煎器が設えてある。かつて花脊の茅葺き古民家を取材で訪ねた時、おだいどこの真ん中が板場になっており、そこにおくどさんが据えられていたのを思い出した。京都では愛宕さんの「火迺要慎(ひのようじん)」のお札が貼られているのがふつうではあるが、そこには「飛野用心」と書かれていたのが印象的であった。居間の東側には床の間もあり、焙煎器が居間にある景色はなかなかシュールである。ここで杉山さんは夜な夜な焙煎をしているのだ。そして焙煎している時が、1日24時間の中で一番純粋でいられる時間だという。火と一つになって、その時に得られるインスピレーションで「精神的珈琲世界」などの文章を書いているそうだ。

 二度目にお会いした時に「精神的珈琲世界」をまとめた本を持ってきて戴いた。私は本を作るのが生業であるが、冊子でも本でも作り方は一緒である。もちろんボリュームが多ければそれなりに作るのに手間もかかるし、校正だってなかなかに骨も折れる。だから杉山さんが作った『精神的珈琲世界』は、よくまとめられているなと感心したのである。さらに驚いたのはその内容であった。杉山さんの珈琲のある人生への想いが全編に溢れているのだが、意外なことに珈琲アレルギーになったことがあるという記述に眼が留った。
 「期間としては1年くらいでしたが、珈琲アレルギーでした。アレルギーになったときは全てが併発していくんですね。全身が過敏症みたいになっていって。ところが全てのことに気がついた瞬間にどうでも良くなって、今まであかんかった添加物とか着色料とか、逆に全部OKになりました。身体に良くないといわれるものを食べても全然大丈夫になって。アレルギーというのは病気ではないし、自分の身体が勝手に拒否することなんです。その結果が身体に出ているだけで、それさえ解決したら絶対アレルギーは治る。細胞がパチパチっていった感じがして一瞬で私は治りました。こだわりを捨てないとダメかなと思うんやけれど。ただ自分の心がそういうものを作っているからで、本当はジャンクな食事でも何でもないみたいなことでした。食べ物というのは縁のあるものしか目の前にやって来ない、そしてそれを戴く。ただそれだけのことです。時々これか、って思う時もあるんやけど」とその時のことを振り返ってくれた。私の知人にも蕎麦アレルギーになった蕎麦屋さんがいたけれど、やはり精神的なものであったのだろうか。

 杉山さんは、考える人である。焙煎をしながら、珈琲をのみながら、一番楽しいことは考えることだという。「これからは本当に物質の世界に無限を感じるようになっていくと思うんですね。今までは目に見えない世界を神秘的だといってきたけれど、これこそ無限やと感じられる世界がある。やはり想像上の世界では無限に何でもできる、だから物質の次元を上げていかないといけない。物質の次元を上げるというのがどういうことかというと、モノに想いを込めると物質の次元がどんどん上がっていくから、そこに限界はないのではないか。私は珈琲を焙煎しているけれど、いつも珈琲じゃないものを創りたいと思っていて、人間って何でも枠を作るじゃないですか。珈琲、アルコール、パンとか。そうじゃないものを私は創りたい。物質に無限のものを創りたい。仏教でいうような有は無であり、無は有であるというもの。人間の想い、つまり意識を形にするということですね」
 これからやりたいことは?とお聞きすると具体的にいくつか話してくれたけれど、「やりたいことは一杯ありすぎて、収拾がつかないんです。でも感覚世界をもっと極めたいと思っています。昔の人って本当に感覚世界で遊ぶのが上手だったじゃないですか。お茶の世界もそうですけれど、平安時代の人は、皆んなでお香や音楽を愉しんで歌会をしたりとか、内なる世界を感覚を使って遊ぶことをまだまだ私はしきれてないなと。こんな残念なことはないって、だから感覚世界で遊ぶ会とかをめっちゃしたいなと思っています。珈琲などの嗜好品を使ってそれをやりたいんです。内なる世界で何かを創造していると、身体の外でそれが実際のカタチになっていく。その世界の中で私たちは生きているから、感覚で遊ばないと外の世界では遊んでいけないと。本当の楽しい遊びってそこやと思うんですけど」と杉山さんはいう。
 珈琲好きの方はもちろん、一度杉山さんの焙煎する珈琲を飲んでみてほしいと私は思う。この強力な想いの込められた珈琲が、あなた自身にどんな影響を及ぼすか試してほしい。そして考える焙煎職人の杉山佳苗珈琲の虜になるか、はたまた「精神的珈琲世界」の住人になるか私は責任を持てないのであるが、旨い珈琲であることだけは間違いないと思うからだ。