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皆さま この花ご存じですか

田中 孝(摘み・活け・撮り・語る)




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□□□□□□□□□  □器:焼締壺 壺高14.2cm






(13)ぬばたま(射干玉)


「皆さん、ぬばたまをご存知ですか?」 
「お前さん、バカにするんじゃないよ。闇だの黒とかの枕詞、誰でも知ってるぞ」。失礼しました。お尋ねしたのは、ぬばたまをご覧になった経験をお持ちかどうかである。世の中、知識としては知っていても、実物を見たことないというケースは珍しくないものだ。幽霊なんて、そのいい例である。
 ところで、ぼくは幽霊と出逢ったことがある。2年ほど前、山で花を採ろうとして転落し、大腿骨を折ってしまった。救急車で入院し、手術した。その病室で、草木も眠る丑三つ刻、ぼくは足首をぎゅっと掴まれて目を覚ました。何と、青衣の女人が立っているではないか。
「出たッ!」。心臓が早鐘を打つ。きっと、ぼくのベッドで怨念を抱いて逝いた女性の霊に違いない……。
 この幽霊談を続けると、花のことを書くスペースがなくなって、編集さんにこっぴどく叱られる。話の続きは編集さんに預け、ぬばたまに戻ろう。
 ぬばたまとは真黒い実。右下の写真をご参照下さい。艶々として漆黒のいい味だ。この黒さが枕詞の所以である。これ、夏に咲く桧扇の実である。暑いまっ盛り、濃い斑点のある渋い赤花をつける、菖蒲の仲間、桧扇の実である。

TANAKA12-101.jpg 写真の実は行きつけの里山の路傍で採った。花こそ渋いが稔りは豊かで美しい。どうです、素敵じゃないか。ぼくの人生そっくりだよ、……とは誰も言ってくれない。ひとを見る目がないんだな。仕方ない。自賛しておく。
 器は漢の焼締壺を使ってみた。小ぶりなのが秀逸だ。自然釉がたっぷり流れた大壺より愛用している。ぬばたまは、その近傍で採った野菊と山帰来の赤い実で締めた。(福岡市在住)




(編集部追記:幽霊談その後)

幽霊談の続きです。退院間近で杖で院内を歩いている頃です。やっと寝ついたら、夜中に足首をつかまれてびっくり。目を覚ましたら外出着にブローチなどをつけた女性が立っていて、その人の仕業です。ぞっとして女性の女性の足を見たら二本足で立っている。これ、本物の女性ですが、見ず知らずの人。面会時間は夜の8時までで、院内にいるのは医者・看護師(ともに白衣)か患者(パジャマ)。ともかく「出て行って下さい」と言いました。


二度ほど言ったらカーテンの外に出たが、私の様子をうかがっている気配。ナースコールのボタンを押しました。それを察してか、スッと消えた。看護師に事情を話すとあまり驚いた様子もなく、「わかりました。また来たらすぐ呼んで下さい。飛んできますから。安心して眠って下さい」とのことでした。
 あれは6月末のこと、幽霊のシーズン入りの不気味な夜でした。「青衣の女人」は東大寺二月堂の過去帖に現れる幽霊をそのまま戴きました。