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皆さま この器ご存じですか

田中 孝(摘み・活け・撮り・語る)



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長径27cm









(13)団扇入れ

 昔は梅雨入りのむし暑い季節ともなると、団扇に出番が廻ってきたものだ。あっ、「団扇」を「うちわ」と読める人は珍しくなったかもしれないな。ちょっと心配である。
 扇子の方なら、茶道、能楽や舞踊など、伝統芸能に不可欠だから、ご自分では持っていなくても見る機会は多い。漢字表記を自然に覚えてしまう。一方、団扇を実用に供する例は皆無に近い。団扇が読めないのは当然であろう。
 戦前、扇風機は高価だったときく。ぼくの親父は新しいものが好きで、吾が家には小形の真黒い扇風機が1台だけあった。米国GE製というのが親父の自慢である。何でも、初期の国産扇風機には振動が激しいものが多く、テーブルに置いておくと独りでに歩き出し転落する猛者まであった、と親父は話していた。それが高価ときては、団扇が栄えたわけである。
 戦前、夏にお客が来ると、団扇を5枚ほど重ね持っていくのがぼくの仕事であった。5枚重ね持ち、お客の前にちゃんと置くには、専用の容器が欲しい。竹の籠が軽くて涼しげだ。写真の瓢を吊ったのが、吾が家の団扇入れだったのである。
 日本人は凝り性だから、実用品の団扇でも絵には工夫をこらしていた。大抵は水辺の涼しげな点描だが、なかには琳派の大胆にして卓抜な絵柄もあり、さすが日本人ならではの感覚、と驚嘆したものだ。しかも、半世紀近く前までは、団扇絵なら光琳でさえマクリ(はがしたもの)で意外に安く出ることもあったという。
tanaka2013-06-2.jpg 花は6月の山で、よく見かける山法師にした。真白い4弁は花びらではなく、苞だそうで、中心の緑色をしたのが花なのだ。ハナミズキの仲間。ミズキ科の木である。
(福岡市在住)