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皆さま この器ご存じですか

田中 孝(摘み・活け・撮り・語る)



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高18.2cm









(14)釣瓶(つるべ)

 皆様は、釣瓶をご存じかしら。お使いになった経験のある方は、相当なご年配だろう。来年の正月に卒寿を迎えるぼくでさえ、小学校に入る頃は水道が普及していて、釣瓶とは縁が切れていたのである。
 昔は、どこの家にも井戸があった。子供が覗くと、深くて暗い底に、怪しく光る水が見えて、何となく不気味な存在であった。井戸は自死にも利用されていたのだ。
 ちょうど、その頃に「番町皿屋敷」がはやっていた。夏の夜半、兄が井戸に身を投じた女の声色で、「いち枚、二ま〜い」と、皿を数える真似をする。ぼくは怖くて怖くて震えあがったものである。
 思えば、あのお屋敷の家宝の皿は何窯の産だったのかしら。歌舞伎にうといぼくには、全くわからない。が、何となく色鍋島ではあるまいか、と思えるのだ。
 そういえば、しばらく前にこの世界の大先達が、鍋島の素晴らしいコレクション一式を伊万里市に寄贈された。その展示を見に行って腰が抜けた。地震対策皆無の展示方法なのである。たしかに九州北西部は地震が少ない。しかし、無いようで有るのが地震。有るようで無いのが財布の中身。これぞ天下周知の公理である。脱線した。釣瓶にもどる。
 釣瓶は井戸水を汲み上げる桶だ。水に浸り、陽光に晒されると、桶の木がいい味になっていく。花生に頃合いだが、大きすぎて茶室には納まらない。写真の釣瓶は数寄者が茶室向きに作らせた模造だろう。板の瘠せから釘の錆具合まで、細工は巧みである。
tanaka07-2.jpg花は、山のあじさいが、街よりだいぶ遅れて色づいてきたので、河原撫子と併せ、縞葦を添えてみた。
(福岡市在住)