野辺の民藝
田中 孝(摘み・活け・撮り・語る)
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(23)93歳リハビリを楽しむ
すっかり御無沙汰しました。実は大腿骨を折って、4ヶ月あまり入院していたのです。それは大変だったな。と皆様おっしゃいますが、楽しいこともありました。少しご紹介します。
手術から10日あまりで、リハビリの開始というが、ぼくは寝たきりで動けないのだ。ところが、若鮎みたいにピチピチした美女の看護師さんが「私に抱きつきなさい」という。ぼくが先に手を出せば、正真正銘のセクハラだ。この爺めが、と叩き出されても仕方ない。ままよ、とぼくは彼女のふくよかな胸にしがみついた。
次の瞬間、ぼくの身体はすっぽりと車椅子に納まっていたのである。これ、全体からみるとセクハラじゃない。いや、まてよ、この文句、どこかで聞いたなあ。そうだ、辞めた財務次官の弁だった。
2ヶ月近く経つと、ヨタヨタながら、支援付きで歩行訓練が始まる。広いリハビリフロアの窓際まで至ると、直角に方向を変換する。と、向うからよちよち歩きの貧相な爺さんが美女に付き添われて歩いてくる。このまま行けば危ない。ぼくは左に避けた。すると相手はぼくの方に寄ってくる。衝突するじゃないか、このバカヤロー! どんな面構えだ。よくよく見ると、なんと、ぼく自身である。リハビリの際、患者と先生の全身像を映して、矯正に使う大鏡のいたずらだったのだ。
次第に回復してくると、入浴は何よりの楽しみになる。ところが、困るのは脱着衣場の椅子が、ぼくには高すぎることだ。ズボンやパンツはなんとか脱げるが、穿くことができない。手が足に届かず困っていると、美女が駆けつけて、パンツをちゃんと穿かせてくれる。93歳老は大感激である。
こうしてみると、世にいう「骨折り損」は「くたびれ儲け」だけではありませんぞ。(福岡市在住)
写真左上)花:山法師
退院し帰宅したら玄関近くで、たった3輪だけど河原撫子が出迎えてくれた。
涙が出るほど嬉しかった。病院は生花が持ち込み禁止なのである。
寝室で一休みして、庭の山法師はもう散り果てただろうと、しばし眺めると、下枝に残花を見つけた。
五輪ほどの純白な花は、なによりぼくの心を慰めてくれた。
器:奈良の生駒山麓、霊山寺古材に天平の瓦片を配してみた。
左下)骨折10分前の写真。この薩摩、龍門司の花器は、まさに素朴の民芸。
可愛いから愛用している。いつかご紹介しようと思って、
いろいろ花を活けてみるが、これというのが写せない。終わりかけの椿を手折って活けたが、うまくいかない。
カメラを片付け、コンピューターの近くまで歩いたとき、転倒骨折した。
コンピューターに取り込んだのは退院後である。