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皆さま この器ご存じですか

田中 孝(摘み・活け・撮り・語る)



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高18.4cm









(11)甘酒徳利ー龍門司窯(りゅうもんじがま)

 老いぼれ扱いはよせ。ぼくだってピッカピカに輝く新入社員だったんだぞ。60余年も昔のことだが……。任地は未知の鹿児島だった。
 寮生活は侘びしかろうと、上司が自宅に招いて下さった。奥様から銘緑茶さつま緑が供される。一口含んだ途端、ゲッときた。この味、何だ。よく見て驚いた。茶碗の下半分が砂糖で埋まっているのである。
 ご当地の味は一様に甘い。食パンから薩摩揚げまでも。なぜだ。藩史を繙くうち、少しずつ解けてきた。薩摩は元来貧乏なのだ。参勤交代の途上、路銀がなくなり立ち往生したこともある。幕末も近く、財政立て直しは薩藩だけが生産可能な砂糖に頼った。この独占利潤は膨大だ。たちまち大量の米と銀を備蓄したから、維新の雄藩として飛躍できたのである。
 一方、可哀いそうなのは庶民だった。砂糖はまったく手に入らない。密売すれば死罪である。だから、甘味に飢えきったのだ。唯一、救いは秋の豊穣祭である。村をあげて新米で甘酒を醸したという。甘いほど旨いのだ。
 従って、薩摩の民器には甘酒にちなむものがある。代表例が今回使った龍門司窯の甘酒徳利と、苗代川窯の漆黒釉甘酒半胴甕である。
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 写真をご覧下さい。この徳利、薩摩特有の無骨さとはほど遠い。むしろ女性的な優雅な香りさえ漂ってくる。鄙には珍しい洗練を感じさせる作行きだ。実は、龍門司の陶工は勉強家なのである。芳工銘の人は肥前や京都に学び技を磨いて名匠と称えられた。後継には、芳林、芳平、芳寿、芳石、芳光……、陸続と名工が連なっている。写真は芳平の作、この窯特有の鮫肌に、口部を龍門黒で締めたのは巧みだ。
 花は白の紫蘭にした。この紫蘭、紫花なら山の草原に行けばいくらでもあるが、気品に欠ける。白がいい。(福岡市在住)

※編集部注:緑茶に砂糖をたっぷり入れるのは「大歓迎」を意味します。