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皆さま この器ご存じですか

田中 孝(摘み・活け・撮り・語る)



たなか13-0901.jpg
高28.2cm









(15)鹿児島の魚籠(びく)

 以前にも書いたが、ぼくの社会人振り出しの地は、鹿児島であった。入社早々にお使いに出された。行く先は「竹の橋」である。
 鹿児島は竹細工が盛んだ。だけど、橋まで竹細工とは……。訝るぼくに先輩がいう。「地名だよ、『武(たけ)の橋』は。そもそも橋は昔の立派な石造りだ」。
 それから、ほぼ20年。古民芸好きが山野の花を活け始めると、魚籠(びく)なんて花活けに適したアイテムと知った。それも、海水に濡れ、陽に晒されて、竹が濃い飴色に焼けたものに限る。
 ところで、社会人振り出しの地は、初恋の女性のように懐かしい。鹿児島の魚籠なら武の橋のように肩肘張ったのがある。鹿児島には親しい民芸店主がいる。魚籠を頼んでみた。
 ところが、である。古い魚籠なんて需要がない。今後も扱う機会はないだろうと、つれない返事だ。そこを何とかと、ぼくは深々と頭を下げた。
 なるほど、駄目なものは駄目なのだ。10年ほど待ってあきらめた。
 まだ新幹線の話が具体化する前のこと。特急発車までの寸刻を利用して、駅前の土産物店に入ってみた。刹那、ぼくは立ちすくんだ。
 あるのだ。魚籠が。よく使い込まれている。それが、今出来の仕方もない自在鉤に吊してあるのだ。
「魚籠下さい」。
「自在と組だよ。魚籠だけでは売れないんだ」。
 買った。二つ合わせてもタカの知れた金だった。自在は邪魔だ。店先に投げ棄てて、ぼくは駅に飛び込んだ。
tanaka2013-09-3.jpg とたん、駅中に響く大音声。「お客さ〜ん、大切なもの、忘れてるよ〜」。自在を振り振り店主が追っかけてきたのである。赤っ恥かいたなぁ。
 花は9月。彼岸花、萩、野菊に矢筈薄を添えた。(福岡市在住)