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皆さま この器ご存じですか

田中 孝(摘み・活け・撮り・語る)


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(25)能野焼(よきのやき)


 前にも書いたが、ぼくの社会人の振り出しの地は鹿児島である。楽しい2年間だった。だから古民芸に興味をもつと、一番に鹿児島に走ったのだ。半世紀も前のことである。
 その頃、鹿児島は葉煙草の一大産地で、串木野には大きな煙草工場があった。ちょうど特急が串木野に停車した折、目の前に専売公社(現JT)の車が停まっている。車体を鮮やかに、キャッチコピーが飾る。「今日も健康、たばこ か う ま い 」
 ギャッ! 「煙草買うまい」だって! いかに健康のためとはいえ、自社製品の不買キャンペーンをやるなんて、前代未聞である。
 鹿児島の古民芸店に着くなり、この話をした。店主は笑い転げて、いわく「あなた、眼鏡を変えなさいよ。あれは『煙草が旨い』なんですよ。」なんと、濁点をぼくは見逃したのだ。おっちょこちょいも、いいところである。
 ところで、種子島に能野焼という民陶があった。江戸中期に薩摩の苗代川からこの島に移り住んだ陶工が始めたという。徹頭徹尾、日用雑貨しか焼かなかったようだ。
 窯は簡素なものだったらしく、窯変に富み、景色に恵まれているのが能野最大の魅力だ。江戸末期、海運が栄え、安価な陶磁が入り出すと、太刀打ちできずに廃窯してしまった。
 何しろ、日用雑器だから手荒く扱われるし、破損すれば惜しげもなく捨てられる運命にある。しかも、小さな島だ。生産量も少ない。だから、残存品は僅か。「幻の能野」と言われた。
 今回紹介したのは塩壺だろうか。12cmほどの小壷で類品は多くない。下の写真は50cm近い大壺で、四筋を横に刻む。この手の壺が最も多く残っているようだ。
 この幻の能野を発掘した男が、ぼくの串木野での間抜けを笑い飛ばした民芸店主である。(福岡市在住)
tanaka2015-12-3.jpg ※能野焼の大壺。この手の壺にはほぼ例外なく胴に線が刻んである。実は裏側が大割れしているのだが、ある家元に「マエダケ伝来」と称して見せたところ、とても気に入られた。ところが、裏側を見せた途端に騙されたと大笑い。前田家ならぬ前だけの壺なのでした。