皆さま この器ご存じですか
田中 孝(摘み・活け・撮り・語る)
花:矢筈薄(やはずすすき)、河原撫子(かわらなでしこ) 器:槍鞘(高さ25.9cm)
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(2)槍鞘(やりざや)
簡にして素の極地。端正で美しい。江戸の職人は何と素敵なデザインを生んだものか。それにしても、一体これは何だろう。ぼくには見当がつかない。やおら、店主は「杵形槍鞘ですよ」と教えてくれた。
槍の穂を収める鞘なのだ。槍の刃を守る芯は木だが、皺をよせた紙で凹凸をつくり、漆で固めて杵の形に仕上げている。皺による空気層があるから軽く、運搬に便利である。何かにぶつけても、皺の紙がクッションになって、相手を傷つけないし、槍も傷まない。紙の損傷は修復が容易だ。職人の英知はすばらしい。
今春、奈良に旅したとき京都で見つけた。一見した瞬間、ぼくは東大寺伝来、黒漆仕上げの奈良朝の鼓胴を思い浮かべた。見逃せない。旅のうれしい収穫である。
喜び勇んで花を活けてみると、どっこい手強いのだ。花がしっくりと調和しない。写真の花も優等生の答案を真似た劣等生の回答みたいな出来である。満足には程遠い。
実は、東大寺伝来と同じ手の奈良朝の鼓胴を松永耳庵が持っていた。故あって、今は福岡市美術館蔵である。あれに耳庵翁は一体どんな花を活けたのかしら。鼓胴は、ほぼ倍の大きさで重厚。品位が高いから、何も活けずに飾っておいたのかもしれない。
この槍鞘。厄介なものを仕入れてしまった。使いこなした、という満足感が湧かないのだ。口惜しいっ!(福岡市在住)