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皆さま この器ご存じですか

田中 孝(摘み・活け・撮り・語る)





konoutuwa1.jpg 器:華籠(直径30.3cm)








konoutuwa2.jpg 花:白椿


(3)華籠(けこ)


 華籠には鬱屈した想い出がある。花と佛教美術が好きなぼくにとって、佛前に生花を供した華籠は捨て難いアイテムだ。そのぼくが、あるときとんでもない逸品に出遭ってしまったのである。
 愛知県にある万徳寺の一閑張、蓮弁が朱で外回りを黒に、金で三鈷杵などの紋様を描いた鎌倉期の重文である。展示は奈良博だった。じっと見つめていると、古びた朱漆の侘びて渋い色あいが、ぼくの心を吸い取り奪っていくのだ。呆然、腑抜けとなった。
 こうなると、もう駄目だ。幾つもの華籠がぼくの眼前を通り過ぎていったが、買う気になれない。クレオパトラとデートした後で、うちのカミサンに逢うようなものである。
konoutuwa3.jpg奈良の寺院の散華 そのぼくが80歳になる頃かしら、奈良に旅した折、秋篠寺に白木蓮を見にいった。ところが偶然、得度式と巡り合ったのだ。お坊さんの一群が粛々と本堂に進んでいく。はらはらと散華が美しく舞い散った。その一瞬、心に華籠への想いが甦えってきたのである。
 去年、奈良博前の馴染みの店に立ち寄ると、主人が竹の華籠を出してきた。二重編みだが、ぼくの好みのあっさりした仕上げだ。何より外側の黒漆の蓮弁紋様が気に入った。欠点は値段だ。予想の倍である。でも、これを逃がせば80代半ばのぼくは、生涯華籠と縁が結べない。迷わず踏み切った。
 写真でも察しがつくが、内側の籠目の竹は蘇芳(すおう)染めの透漆(すきうるし)仕上げ、いわゆる赤漆(せきしつ)である。時代は、一見江戸末と思ったが、よく見ると室町に近いかも知れない、と得心した。
 花は椿か白木蓮か。白木蓮にしたいが、頃合いの枝が得難いし、おとしの選定も難しい。結局、白椿を須恵のおとしに活けてみた。(福岡市在住)