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北陸、石川県の山中温泉で400年以上の伝統がある山中漆器。
伝統のろくろ挽きで漆器を届ける小谷口剛さんが山中塗や漆器について語ります。

山中漆器スタイル(01)

2018-07-11

漆とは、樹液の名前であり、樹木の名前でもあります。木の名前なのに、漢字の部首がさんずい。このことから判るように、古くから「ウルシ」の木は樹液が重要であったようです。数ある樹木の樹液の中で、最も木工の食器を塗装するのに適した樹液だったのでしょう。先人たちの試行錯誤があって、漆が最適と私たちは「はじめから知っている」というわけで、誠に有り難く、敬服します。同じ樹液なのに、塗装に使われる漆もあれば、メープルシロップを採取する楓もあり、ゴムやラテックスになるゴムの木があり、コカコーラやペプシコーラの製造に不可欠なアラビアガムもあり、その用途の広さと地域性に、何とも不思議な気持ちになります。

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松脂たっぷりの肥松。挽くのは難しい。

漆器は縄文時代から作られ使われてきました。漆器の起源はどこか、というのは現在もはっきりしていません。少し前までは中国浙江省の河姆渡遺跡から発掘された約7000年前のものが最も古く、中国が発祥で日本へ渡って来たと考えられていました。ところが、北海道の垣ノ島B遺跡で約9000年前のものが見つかり、漆器は日本が起源という見解が一般的となりました。漆の木をDNA解析したところ、日本の漆の木は日本固有種であることも判っています。中国でも発掘が進み、現時点で中国最古の漆器は、約7000年前のものです。石川県の埋蔵文化財センターでも、漆が塗られた縄文時代の器を観ることができます。

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縄文時代の漆塗り。朱色の素は水中の鉄。

漆器のことを英語でjapanと呼ぶとまことしやかに言われています。でも私が海外の方とお話するときは、urushiと言っています。あくまでも日本において「欧米では漆器をjapanと呼んでいる」と言われているに過ぎず、実際には通じないからです。ラッカーというほうが通りは良いのですが、それだと言葉の指す範囲が広くなってしまうので、私は使いません。ただし、ピアノなど西洋の楽器が近代に入ってから黒塗りになったのは、日本の漆塗りを真似たから、といった史実を話すときには、解りやすくラッカーという単語を用います。

かつては甲冑や刀剣や砲弾や装身具に塗られていた漆も、社会の成り立ちや生活様式の変化と共に消えていきました。残るは寺社仏閣関連、碁盤、邦楽器、鉄瓶、家具、内外装、といったところでしょうか。しかし、いずれも市場規模としては誠に小さく、技術の継承が困難になっています。現在も日常で使われている食器としての漆器は、特に保護政策や補助金など要らないのではないだろうかと常日頃から思っています。食器ばかりが一般生活の目に触れるからこそその存続に危機感を持ったり危機感を煽ったりしているわけですが、一方で一般には知られにくい世界でのロストテクノロジーが多いのです。


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木目の隙間から、光が漏れる干菓子盆。




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木を熟知し、指先の感覚でろくろ挽き。

山中漆器は中世に木地師が越前から山を越えてきて作られはじめたと言われています。全国に漆器産地は数あれど、山中漆器にはどんな特長があるのか。ろくろ挽きが得意なのです。上から見ると円いもの、日常使いのお椀や鉢、小皿や大皿をはじめ、茶道具の棗や香合など、実は山中で木地が挽かれたというものが意外と多いのです。高度成長期には全国の挽きもののOEMのような様相を呈していたそうです。おかげでブランド的に産地としての名前を上げることはできなかったわけですが、いまでも技術が高いのは僥倖なのかもしれません。恐らく、ろくろで挽くことの他に、下地の施し方や塗り方まで、ろくろ挽きに最適化された道具と技法で作られているからこそ、下請け状態にならなかったのではと思われます。

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直径92ミリの小皿。重量5グラム。

たとえば、下地をつけるには、山中ですと、カーブに沿った形のヘラを作ります。プレーンな形のお椀ひとつに下地をつけるのにも、約10本以上のヘラを用意するのです。他の産地では、まっすぐなヘラで全体をつけるというところもあります。均一に、薄く、堅牢な下地にするには、手間がかかるけれど山中漆器の方法が良いのではと考えています。また、塗りの工程でも、ある漆器産地ではヘラを使って広い面積を一気に塗ったりしますが、山中は刷毛で塗ります。ろくろ挽きで形を作るため、塗りも同心円状に塗ると具合が良いというわけです。

そして、木地挽きの技術が非常に卓越していることが、現在も山中が漆器の「産地」として成立している最大の要因でしょう。光が透けるほど薄く挽かれた皿、絶妙な合口の棗、超絶技巧と言っても過言ではない遊環技法など、ろくろ挽きの限界に挑戦し続けてきた歴史が、そのまま山中漆器の歴史としても成り立つとも言えます。山中漆器の人間国宝も、カテゴリが漆芸ではなく、木工芸として認定されています。

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全体から、光が透ける盃。厚さ1ミリ未満。

私は、自分が何を作っているのか、外国人に説明するときは「ウッドターニング、ウルシラッカーウエア、ケミカルフリー」と言っています。ろくろ挽きした木の器に、漆を施す、私の場合は化学素材を使わない、という素材と工程が最も簡潔に伝わるからです。あくまでも山中漆器そして私の漆器づくりの場合であり、ケミカルフリーはともかくとして、箱物や指物や曲物の場合は、それぞれに応じた表現があるはずです。それこそが、漆器産地ごとの特徴だと考えています。


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その六 カフェ ヴィオロン

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その七 noma

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その八*番外編 スターネット大阪~かぐれ

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その九 菅藤造園

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その壱拾 洛風林